2013年4月2日

Make haste slowly.


毎度お馴染み、エゴカーのインサイト。今年は車検です、ええ。早いもんですねぇ。
ハイブリッドならではの低燃費ではありますけど実際に低燃費で走るには法定速度厳守で急ハンドル急ブレーキ厳禁、軽トラにも抜かれるスタートダッシュというのろのろ運転してます、ハイ。

お陰様というか何というか、とりあえずガソリン代はかな~り少なく、しかし移動にかかる時間は3割、それとも4割増しくらい。早い話余裕を持って行動しなけりゃぁならないわけですねぇ。

最初はそれがなかなか馴染めずイライラとしたもんです。でもねぇ、イライラしたところでなぁ~んにも解決しません。むしろ最初から多めに時間を取る余裕を持った方があらゆる面で有利に働いているもんです。

一度そういう事に馴染んでしまうと非常に上手くいっちゃうもんです。

さて、一つの事柄がこのように余裕を持つとそれに引っ張られて他の事柄も同じく余裕を持てるようになるってぇもんです。これはね、本当に不思議なもんで生活の基盤となる車での余裕は生活全般への余裕となって帰ってくるわけです、ええ。

自分の行動にどれくらい時間がかかるのか、どれくらい費用がかかるのか。費用対効果とでも言い切っていいのかもしれませんが時間とコストという事にも考えが及びます。やはり何でもそうなんですが余裕があれば細かい所にも気が付きますし気が付けばそれを訂正出来ます。

これまでは若いという免罪符を使って乗り切ってきたものも年齢とともにそうは行かなくなるものです。年齢に応じた対処は出来て当たり前、出来なければ非難されるという事にも繋がるわけです。
そろそろその免罪符も効用が切れてきました。私は人生の折り返し地点にいるわけで私を追いかける人達を嫌がおうにでも引っ張って行かねばなりません。これらを放っておくことも出来ますがそれは私の望むところでは無いのです。


私が後進に言えるのは「余裕を持て」、この一言に尽きるわけです。エゴカーに乗って無理にでもその余裕を生み出すのもまた一手です。ええ。マンガなんて読まずに本を読めというのもまた一手、とりあえず有限の時間をちゃんと使えと言ってやるのも一手なぁわけです。

一手はあくまで裏技的に機能します。判らん奴には何を言っても無駄なわけですから。私はそこまで親切には出来ません。放ってはおけませんが必要以上に貴方たちを導く事もいたしませぬ。

こういう事もまた老害かもしれません。若い者の出鼻をくじく事でもあります。しかしねぇ。やっぱり世代が変わってもやるとは同じなんです。そう、同じ事を繰り返しているに過ぎません。繰り返しそのループにはまるのです。やっぱり気付くものしか教える事はしません。段々と頑固になってきてるのを判っているからそれ以上はもうしません。そういうわけです。

その中でもね、ネットにある名言とかなんだか口当たりのいい言葉だけが先行しているけどあんたらちゃんとその人の本当の言葉聞いているの?ちゃんと著書を読んでるの?名言なんて単なる言葉だよ。そんな口当たりのいい言葉を聞いて納得するならちゃんと本を読もうよ。ネットでなんて何にもわかんないんだからさ。

誰かの言った言葉に感化されるのは仕方ないけどそれよりも長く定着したことわざもあるでしょ。
ことわざをよく見なよ。誰かの言葉じゃ無くて何十年ももしかすると何百年も前から生活に密着した警句があるわけよ。桃太郎の話を良く理解しなよ、あそこにある話の裏側にまで思考が及ぶなら古から人々が考えた事がわかるだろうに。もう少し思慮深くならないでどうするの?

同世代がさマンガしか読んで無くてしかも影響ある人がさ「ワンピースが素晴らしい」って平気で口に出すくらい日本は愚弄な人達で一杯なんだよ、情けないよね。もう酷いけどさ、それが世の中なんだという諦めもあるわけで、まぁいいんだけどさ。

愚痴を言ったところでお開きとします。
急がば回れ、余裕を持て、本を読め。老害でもそれだけは言いたいものなんだ。

2013年2月26日

Endless Valentine



あっという間に2月も終わりですねぇ、ホントにねぇ、早いもんだよねぇ。
2月と言えばバレンタインですねぇ。
まぁ、そこはそこ、男子たるもの頂きました、ホントに贈って頂いた方々に感謝申し上げます。
心よりありがとうございました。

いえねぇ、学生の頃はまったくチョコレートもらったことが無くてですね、かな~りひねくれておりました。某マンガでは「これは血汚冷吐といってな、牛の血を固めて作った恐ろしい菓子なのじゃ。こんなものを子供が食ったら、たちまち身体に毒がまわって死んでしまうぞ。」というような話がまかり通る時代でしたねぇ。

それはそれとして。
このバレンタインディなる日に合わせたが如く、突如として再生復活した伝説的なバンドが来日したんです、ええ。

My Bloody Valentine、いやぁ、もうね、なにやってるんすかね、って具合のバンドです。私もね、そりゃぁ当時、つまるところ20年も前ですけどね、大ファンだったもんです、ええ。それがねぇ、復活してアルバム出して、来日するってぇのはいったいぜんたいなんなんですかねぇ。



実はね、新作もちょっとだけ聴いたけどもうね、どうしたいのかまったく分かんないわけです。ライブに行った友人知人の話は轟音で凄かったらしいけどまったく新鮮味は無さそうなんです。そういう意味でこりゃもうEndless Valentine はっきり言えば何かこうね、がつんとまったく違う要素を見せて欲しかったかなぁと思ってます、ハイ。
轟音ライブはThe Jesus and Mary Chainの初来日時に体験してるけどあのノイズと轟音で暴動寸前になったもんです。マイブラもまた近いものがあるんでしょうねぇ。

まぁそれはそれとして。
久しぶりにphotobookを作ったんです!以前に作ってからかなり経ってコストもぐっと手頃になりましてね、一気に作り上げたんですよ、ハイ。



this is pop.とタイトルを付けました。あんまりpopじゃぁないけど私の中のpopです、ええ。



今やデジタルの時代。あえてプリントしたり製本したりしなくても情報としてはコストをかけず配信できちゃいます。そうなんです、ええ。でもね、こうやって形になるというのはアナログ的ではありますがデジタルでは絶対出来ないものだったりもするわけです。何せ所有欲が出そうですよ、こういうものは。

世の中、あれがしたいこれがしたいとか希望やら願望やら訴える事は簡単なんです。でもねそれをどうにか形にするっていう行動を取る人は意外なほど少ないわけなんです。なんでもどんどん挑戦してやってみればいいのにねぇ。デジタルにはデジタルの良さがあるからこそ逆にアナログの良さもまた見えてくるわけでそれを活用しない事にはもったいないんだよねぇ。

私などバリバリのデジタル人間だと思われていますけどそうじゃぁ無くてですね。楽がしたいからデジタルを活用しているに過ぎません。デジタルではいかに手を抜くか、それが大切なんです。ええ。
抜け抜け、どんどん手を抜くんだ!まぁ、そういう手法も必要ですね。



昨年見た草間彌生やゲルハルト・リヒターなんかの作品を見るとデジタルとの向かい合い方がよーく判った気がします。私も今年はアナログ的、それと所有欲を刺激出来るものに取り組みたいものです。

2013年1月29日

roppongi rhapsody


あっという間に新年が明けてもう一月も終わろうとしています、ハイ。なにやらドタバタと忙しい月だったものですからもう遊んでいる時間も無かったてぇわけです。まぁそんな忙しさもあしましたがここはガツン!っと勢い付け今月中締切りの仕事をさっさと終わらせてパーッと出かけました、ええ、今回の舞台は六本木です。


そもそも忙しい時間をやりくりして出かけるのには大きな理由がありましてね、それがこの「Howling in the Night 2013 ~ 押井守、戦争を語る」という欠くべからずのイベントがあるからです。毎年2月26日開催の同イベントですが今回は監督の予定もあり1ヶ月前倒しというわけでした。

内容はですが・・・・まったく書けません。書けない、書かない、書いてはいけないという秘密の会合です、ハイ。でも言いたい、言いたいんだよねぇ、でも言っちゃいけない、参加者全員が共犯という間柄で実際に足を運んだ人だけ楽しめるものなんです。何でもね、ネットだけで情報を仕入れようなんて愚かな事ばかりしていると本物に巡り会えないもんなんです、そういうものです、ハイ。
ただただ一言、凄い内容でした。


1ヶ月前倒しという影響がモロに出たのがこの本です、ええ。まぁ、同人誌の範疇になりますがこのイベントに合わせた形で書籍を出しているグループがありましてなぜか私にも原稿執筆の依頼を受けここ数年書かせて頂きました。今回はほんの数日で原稿を上げねばならず非常にドタバタでしたが何とか形になり書籍となった次第です。
駄文でお恥ずかしいですが自分で携わったものがこうやって形になるというのは嬉しいものですね。
こちらの書籍は今後amazonでも取り扱うそうです。ちなみに以前書いたものも入手出来ます
興味にある方(そんな方がいれば嬉し限り)はどうぞ。


ところで六本木へはここ最近よく出向いてます。先日まで草間彌生とゲルハルト・リヒターの新作展もやってたものでこちらもとても良かったです。今回その展示されていたギャラリーに行ったらちょうどリヒターの作品を撤去している真っ最中であの8枚のガラスも梱包されているところでした。
何しろギャラリー自体がガラス張りなので外から丸見えなんですねぇ。
こちらも押井守監督とイベント同様、本物を自分の目で見ない事には凄さは伝わらない類いなんです。ネットごときにはその伝達能力は皆無ですねぇ。


さらにこの地には比較的新しい建造物も多くそれらがガラス張りの近未来的なものばかりだったりします、ええ。六本木ヒルズがまさにそうですけど例えば東京ミッドタウンも、さらに究極的なのはこの国立新美術館だったりします。
黒川紀章設計のこの建物、全体を覆うガラスにひたすら驚くばかりです。
中に入るのはオープン以来ではありましたが今でもその圧倒的な存在感は現代のバベルの塔じゃぁないかと思ってます。

学生時代の六本木はなんとなくこうイカガワシイ街で刹那的な感じがしておりました。まぁそういうイメージは今でも色濃く残ってはいますが今は街全体がアート、それも現代的な新しいアートと呼べるものを内に籠めた洗練されたサブカルチャー、もしくはカウンターカルチャーというようなものの実践の場とも思えます。そういう意味で言うとやはり刺激的な街で飽きませんね。
そんな街の夕暮れを肌を刺すような寒風の中、六本木ヒルズ最上階の特別展望台で眺めまた新しい気分で街を離れたものです。


二日間の最後に訪れたのはこのところ定期的に足を運んでいる浜松町の「つるふく」さん。
今年最初という事もあり新年のご挨拶をしてきました。
毎回本当に美味しい肴とお酒、居心地の良いお店です。

いろんな話をしてあっという間に時間は過ぎて行きます、時間は去りますが去った時間はしかと心に残ります。次回もまた行きたいと思わせる街、寄りたいお店、話したい友人、楽しい限りです。

2012年12月29日

2012


2012年ももう終わりですねぇ。
まぁね、今年はかな~り充実してたんじゃぁないですかねぇ。
前半はね、まぁ例年通りって感じでしたけど後半はもうかなりあっちへこっちへふらふらでしたねぇ。

何と言っても憧れだった方々のライブにかなり行けたのが大きかったです。
小泉今日子さん、YMO、Kraftwerk、サンドウィッチマン、千原兄弟、、、、いえねぇ、ここに列記した方々ってぇホントにチケットが取れない!
ましてKraftwerkなんかもう日本に来ること自体が奇跡ってぇ具合なもんですからね、いやぁ見られて体験して体現してもう良かったってぇ言葉しか出ませんよ、ハイ。


そしてデビューからの大ファンなぁ小泉さん。今年は3度も見られました!
朗読劇が2回と30周年の単独ライブ!いやぁ、ホント、もう夢のような時間でしたよねぇ。
YMOもサンドウィッチマンも念願だったライブだからねぇ。千原兄弟はマンスリーのチハラトークに9月からずっと行ってるしこんなに出かけたのはひっさしぶり。


ライブ以外だと展示会も結構行ったよねぇ。
草間彌生、ビートたけし、マックス・エルンスト、デヴィッド・リンチ、特撮博物館、そしてゲルハルト・リヒターとまぁ本物を見る機会も多くて圧倒されっぱなしです、ハイ。


ライブも展覧会もだけどこの本物に触れるってぇのはやっぱり凄いことでしてね。
だってぇね、いくらでもネットで動画やら画像は見られるけど、でもね、実際に目の前で見るってぇ事になるとそりゃもう圧倒されるってぇもんです。それくらい力があるんですよねぇ。
ネットでのものなんてぇありゃ単なるカタログに過ぎないわけですよ。
やっぱりオリジナルに触れる事は何よりも優先されるべきものですねぇ。


そういう文化的な面以外だとやっぱり美味しいものをたくさん食べたり、いろんな人とたくさん話してより深いところでの付き合いが出来たりとなんとも良い関係性を築けた年だったなぁとしみじみ感じております、ハイ。

本も結構読みました。本だけでは無くて映画や音楽なんかでも新たな面を見るという大きな転換を迎えました。これね、別項でも書きたいけど表面だけしか見ないと判らない面白さに気が付いたってぇところでしょうか。ようは違う視点で作品を見る機会を得たってぇ感じですね。なんかね、すごく成長してすごく大人になった年だと思うなぁ。
実感を持って言えるのだからその影響はかなり大きかったんだと思います、ハイ。


そういう意味で2012年ってぇ近年に無いほど物量でも精神面でも自分を磨いた年だったってぇ思ってます。

来年はね、どうなるのかぁそりゃ判りません。
でもね、今年のこの行動力を持って励みたいものですねぇ。
そういうわけで本年も本当に多くの方にお世話になりました。来年もまたそれぞれの方の人生に立ち入るような生き方をすると思いますが、まぁよろしくです、ハイ。

2012年12月23日

恋のひとひら


寒くなってきましたねぇ、ええ、もう師走ですねぇ、一年ももう終わりです、ハイ。
そういうわけでこの季節になると聴くことが多くなるのがEPOの"FIRE &SNOW"というアルバムなんです、ええ。

でね、この作品をかなりの頻度でブログなんかにも書いたりしています。なんででしょうねぇ。まぁ個人的にかな~りお気に入りなんですけどね。

この作品、一般的にまったく評価されていないのもまた事実でしてね、いわく「EPOらしくない」んだそうです。実はデビュー当時からの作品もこよなく愛するファンではありますが確かにま肌触りの異なる作品でしてね、リリースされたときはかなりショックだった覚えがあるんです、ええ。

EPOと言えばどちらかと言えば元気な女性ボーカル、いわゆる日本人の好きな情念とは無縁のイメージが強いわけでしてね、これはもう彼女のボーカリストとしての力量でして、本当はかなりぐちゃぐちゃな情念の歌もあるんですけどね、上手いんですよね、サラリと歌える力でしょうかね。

"FIRE &SNOW"ではロンドン在住となった彼女が海外で作ったインターナショナルな感覚の作品でしてね、流暢なバックトラックはこれまでのいわゆる邦楽というのとはまったく質感が異なっていてもはや洋楽テイストなわけです。でもね、これはあくまでバックトラックに限った話です、ええ、表面上の事。一皮むいたところにあるのはこれまで以上の日本情緒溢れる世界でしてね。まるで短歌か俳句か、そういう和歌の精神の宿る詩とやはり根底にある日本の和を思わせるメロディとこれはもう完全に日本そのものとも言えるわけなんです。

きっちりと作り込まれたバックトラックとすかすかな空間のある詩とメロディの対比は本当に見事なぁわけなんです。でもね、そういうのって気が付かない人があまりに多かったってぇ事でもあるわけなんです。もともと彼女の楽曲の中にはそういう日本情緒溢れるものも多々あったわけです、海外という違うフィールドに挑戦しようとしたときその想いがこれまで以上に詰め込まれた結果産み出されたものだと理解しています。

日本人のアイディンティティーなんでしょうね。

「恋のひとひら」はこのアルバムに収められた一曲。シングルカットもされました。すごく短い詩、もうすかすかです。でもそのすかすかの字間、行間に裏返した想いが詰まっている和歌そのものです、ええ。ぐっとくる大人の世界でしょうかねぇ。

今のJ-POPとか何とかいうひとくくりのものの詩ってなんだか子供向けでしょ。直接的な表現はまったく品が無くて出てくる言葉も凡庸でね、中・高校生くらいがそれに感動するなら仕方ないけどより成熟した大人なら品というものを考えるはずですよねぇ。少なくともそういう言葉の世界はより日本的であってしかるべきものなんです。この作品はそういう事をよく教えてくれます。

やはりね、空間を愛でる力を養いたいものです、ホント。

2012年11月24日

小林選手とその周りの反応を見て思う事。


つい先日の事ですけどね、自称、”世界イチ”って言う自動車レースのF1で唯一の日本人ドライバー、小林可夢偉選手が所属チームからの事実上の解雇を言い渡されてましてね。まぁ、私もこのF1、以前は良く見たもんですしね、小林選手の速さもアグレッシブさも知ってはいるもんですからね、やっぱり残念なぁわけです。確かに成績もなかなか良いですしね、これからのF1を楽しませてくれるドライバーだとも思ってます、ハイ。しかしね、違うドライバーに取って代わるわけです、ハイ、クビって具合にですね。

ファンからすれば才能あるドライバーを解雇ってどういうわけだと騒ぐのも無理は無いとはぁ思います、思いますけどね、今の時代、単なる才能には誰も見向きはされないわけです。ええ。残念ながらこれが世の中なのよね、とスレッガーさんみたいに言いたくなるわけです。確かに才能は必要、こりゃもう当然なわけです、でもね、このF1みたいにいわゆる頂点に立つってぇ事はね、もうそれだけで基本的な才能はあるわけです、何が違うかってぇ言うとですね、どれだけ支援者がいるか、早い話がお金があるかどうか、というのは大きいわけです。まぁ、今のF1はお金至上主義ですからね。これは仕方ない。お金も集められる力まで含めての才能なぁわけです。

F1での違う例ですけどね、ハイテク機器となったF1マシンを操るには機械に精通してないとアカンわけです。ゲーム感覚的な部分ですねぇ。つまり純粋に車の運転だけではなくそれ以外の要素が多く絡んでくるわけでしてね。それを見事やり遂げたのはあのミハエル・シューマッハだったりもするわけです。

彼は若かりし頃メルセデスのジュニアチームに所属してましてね。このメルセデスってぇところはしっかりした思想を持ってたものですから所属している何も知らない若いドライバーに英会話やらテーブルマナーやらスポンサーへの対応など徹底して教えたそうです。さすがですね、そういう外的要因が必要だとちゃんと認識してたんですねぇ。更にシューマッハが常に意識していたのは劣等感でしてね。決して天才では無かった彼が皇帝と呼ばれたのにはこの天才に対する劣等感が最大のモチベーションだったそうです。何せ彼のライバルは当世一大天才たるミカ・ハッキネンですからね、それを打ち負かしたのはそういう外的要因を有利に使う力だったわけです。

そういう外的要因は純粋な才能とはまた違うわけで例えばシューミーの相棒でもあったエディー・アーヴァインなんかは才能が無いと言われ続けた事に対して「才能が無いなら速い車に乗れる力を持てば良い」というような発言をしてるわけです。面白いもんです。

これは特定の分野に限ること無くあるもんでしてね。そしてその時代時代の最先端の技術をどれだけ取り込めるかというのは至上命題でもあるわけです。かのマイルス・ディヴィスは真っ先にマイクとPAをジャズと呼ばれる分野に持ち込んだわけです。これはいわゆるエレクトリック・マイルスよりもずっと以前の話でしてね。どういう事かと言えば当時のトランペットは自分の肺活量だけで吹くのが当たり前でしてね。マイクとPAと通して増幅された音を使うなどとは非常識だったわけです。これだとどうしてもリリカルなものは難しいわけです。マイルスは当時もっとも売れていた歌手、フランク・シナトラの歌に感化されマイクとPAを使い静寂と間のある名演をしたわけです。「卵の殻の上を歩く」と評された繊細な奏法はそういう非常識な方法を真っ先に取り入れたマイルスの戦略勝ちだったわけですねぇ。もっともこれだってマイルスの当時の奏法は貧弱だったわけでその貧弱さ、つまり劣等感を拭うために考えた方法とも言えるわけです。

これをもっと広げアートの世界に関して言えばその手法はもはや行き尽くしているわけでしてね。精緻に描くという一定基準はすでに淘汰され様々な方法論でもって作品を作り上げるわけです。近代に於いてはその設置方法、展示の仕方まで含めての作品でありますしそれらを組み立てるだけの資金的援助、人的支援を出来る一部の人達により流れが出来る時代なぁわけです。

確かに才能は必要です。ごもっとも。そして当然ながらその才能もより磨かれ研ぎ澄まされたものであるのは間違い無くその究極に達すれば自ずと外的要因までも含めての開花を目指さねばならないわけなんです。イチ技術、イチ才能うんぬんだけで評価するべきでは無く全てを総合して発揮出来る人物こそ必要なぁわけです。そのモチベーションはやはり劣等感であり負けず嫌いがその根底にあるんだと思うわけです。常識を疑い自分に有利になることなら恐れず吸収する、そういう進歩こそ必要なんでしょうねぇ。


冒頭に書いた小林可夢偉選手が来期どうなっているかまったく判りません。まぁいい加減”自称世界イチ”にこだわること無く違う道を進んでも良いわけです。本当にドライバーの腕で勝負する世界とかね。劣等感が負けず嫌いがどこまで彼自身を引っ張っていくのかは大いに楽しみなぁわけです。

2012年11月22日

tokio pop


仕事の忙しさも一段落してこりゃぁストレス発散せねば!という事で東京へ行ったわけです、ハイ。まぁそもそも毎月恒例の「チハラトーク」に合わせて一泊という日程にしたわけなんです、ええ。都内へ行くことは結構あってですね、このところ毎月行っちゃ泊まってってわけなんですけどね、まぁ息抜きって事ですかねぇ。そういうわけでのお遊びなわけです。

まずは電車に乗って上京なわけです。上京ってぇいうとなんかこ情緒もありますねぇ、旅路って感じです、ハイ。でもねぇ、毎度の事なのでさほどの新鮮みはありません。いつものことです、ええ。今回は坂口安吾の本を一冊だけ持って行きました。いえね、電子書籍で著作権切れなものですからね、無料で読めるんですけど、やっぱりちゃんと文庫で欲しいので買ってきました。あっしとしては満足です。非常に非道徳で非倫理的で悪徳論でありかなぁぁぁぁり面白いです。そういうわけでついつい読みふけって電車を乗り過ごしそうになったもんです、ハイ。

さて本命の「チハラトーク」は夜開演ですからそれまでの時間秋葉原へ行き買い物をしホテルにチェックインして来ました、ええ。泊まったのは品川にある東急EXインでした、ハイ。実は先月は某団体の旅行でこのちょっと先の東武ホテルに泊まったばっかりだったんですけどねぇ~。


ホテルから原宿へ移動しもう一つのお楽しみ、「デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス」をラフォーレ原宿で見てきやした。ええ。リンチってぇ言えばやっぱり映画なわけでしてね。世の中だとやっぱり「ツインピークス」なんでしょうかねぇ。あっしにとってはトラウマになるような「イレイザーヘッド」が好きなもんですからね、そのイメージが強いもんです。さて展示されていたものはってぇと近年の写真やら絵画が中心でしてね、なんだか子供が描いたような落書きっぽいものもありましたがやっぱりただならぬ異様さがぷんぷんでしてね、やっぱりこう理解出来ない怖さを感じるってぇものでした。
そういうわけで興味のある方は実物に触れるのが一番、ラフォーレ原宿で開催中です、ハイ。



そして原宿は竹下通り。なんかねぇ、あのねぇ、もう数十年ぶりくらいに歩いちゃいましたよ、ホント。なんだか凄いパワーのある街だよねぇ、でもぱっと見て着られる服は・・・・まぁ・・・・アレでしたけど刺激にはなったんじゃないかねぇ。


そして原宿から表参道を歩き地下鉄に乗っての「チハラトーク」へ。今回はねぇ、前の席の人がやけにデカイ!座高が高いのか!まったく見えないというかなり悲シィ状況ではありましたがそれを差し引いてもやっぱり二人のトークはおもろいでんがなまんがな。
世間ではジュニアの方ばかり評価されるわけなんですけどね、あっしはもう断然おにいちゃんのせいじファンなものですからね、せいじの話が聞けるというだけで満足なぁわけです。さらに言えばせいじの話をするジュニアが最高でしてね。強烈なキャラクターであるせいじの言動をこれまたトークの達人であるジュニアが話せばこりゃぁもう敵無しなわけです。そういうわけで今回もお腹が痛くなるくらい笑わせてもらいました、ええ。気持ちいいくらいですねぇ。


そして夕食は友人に紹介して頂いた浜松町の「つるふく」さんで頂きました。まだ出来たたてホヤホヤなお店で、割烹屋さんのような感じでしてね、おつまみコースをお願いしたのですがいやはや美味しいし心地よくいてついついのんびりして来ました。まぁやっぱり大人のお店ですかねぇ、近ければ定期的に寄りたいお店です、ハイ。

さて翌日この日は浅草で酉の市です、ええ。これがなかなか盛況なものでしてね、賑やかなわけです。こういうお祭りのテンション高いものって普段触れる事が無いのでなにやらわくわくしちゃうわけです、御輿は出ませんけどわっしょいなわけです、ハイ。


毎年行ってるわけなんですけどね、今年はいくらか参拝者の出足が鈍いようでしてね、すんなりとお詣り出来てしまいました。まぁ時間も早かったせいもあるんだと思うんだけどねぇ、不景気過ぎて参拝にも来ないんですかねぇ。まぁそれでも賑やかな感じで良かったもんです。


いやぁ、こういうところっていいですよねぇ。テンション上がります、ホント。
そうそう体調の悪い友人の復調とそして自分の健康もぼちぼちになるように願い、肝心の熊手も買って来たってぇわけです。
熊手はもう大手の企業も求めに来るわけでしてね、趣向を凝らしたモノもありました。特に驚きはサンリオ!!でかいキティちゃんが異彩を放ってました!!


そんなわけでお詣りの後は恒例とも言うべきお酒を頂き一泊二日の東京観光は帰途に着いたってぇわけです、ハイ。
都内はいいですねぇ、展覧会だのお店だの楽しいモノが満載です。でもねぇ、こういうのってぇのはたま~に行くからいいようなもんです、非日常だからいいんですよねぇ。毎日だったら日常になっちゃうからこれほどおもろないのかも。